紫豆腐的記録

音楽・メイクの話を中心に週1回更新

偽読書家

こんにちは、紫豆腐です。先日隣町の図書館に行き、本とCDの蔵書があまりに充実していたことに感動しました。建物は綺麗だし、サブスクにない旧譜も沢山置いているし(CD目当てでカード作ったくらい)、文庫はシリーズで揃っているしで、私が住んでいる自治体も頑張ってくれ、と思ってしまいました。私のところとは財政状況が違うのでしょう。羨ましいので、お金に余裕が出来たら引っ越してみたいです。


今日借りた本だと、『世界の美しい橋』という橋の写真集が面白かったです。読むというよりは鑑賞する、といった方が良いでしょう。色彩が鮮やかで、人間の文明ってすごいんだなー、と。高校の世界史の教科書でローマ水道の写真を見たときも、ローマ人頭良いなと感心しましたが、写真集を見て、頭の良い人、芸術的センスを持った人はいつの時代どの国にもいるんだなと、改めて実感しました。コロナが明けたら(2030年らしいですね。待ってられっかって話です)、貯めたお金でイタリアもスペインも中東も行きたいと強く思いました。
そんな、眺めているだけで何だか楽しくなってくる本でした。

参考
tokuhain.arukikata.co.jp

https://pie.co.jp/book/i/5124/


借りた中でもう1冊面白かったのが、魯迅阿Q正伝講談社文芸文庫阿Q正伝・藤野先生』に収録)です。
青空文庫にあるの今知りました。
www.aozora.gr.jp

読売新聞の日曜日朝刊に、書評欄が3頁ほどあるのですが、約1ヶ月前にその中の名作紹介欄でこの本を見かけて、読んでみようと思った次第です。題名は高校の現代文の授業で目にしていたものの、あらすじは全く知らず。嫌な態度だけど憎めない奴の悲喜こもごもが描かれている、という趣旨の紹介文から興味を持ち、読むことにしました。


本を読む前、私は題名からまず話の内容を想像してみます。
阿Qという名前はなんか阿呆っぽいな(実際は、”阿”というのは中国において敬称にあたるものらしいです)、阿片でも吸ってるのだろうか、等。
そして読み始めると、あながち間違っていないかな、と思ったり。定期的に自分の中に訪れる、”無知は怖い”という感情が、読後に広がりました。あと、近代中国の話ってやっぱり重たい気がします。文体が面白おかしくても、泥臭いという言葉では表せないような、もっと薄暗い社会、生活が頭に浮かぶのですよね。埃っぽい、塵交じりの風景、と表現できるかと思います。


久しぶりに現代小説や新書以外の本を読みましたが、しばらく文学作品に触れないうちに、自分の文章理解力と語彙力と集中力が落ちているという現実を突きつけられました。薄々わかっていたことではあるものの、ちょっとショックです。高校生のときは好きではない課題図書を読むときでも、もっとしっかり読み込めていたような気がします。「島崎藤村の破戒とか、(課題図書とはいえ)本当に読んでいたんだよな、自分」と言いたくなる程度には、読む力が落ちていますね、多分。

最近長い文章を読む機会がゼミ以外ではほとんどなく、本を読むとしても軽い推理小説やエッセー、普段はSNSと5chばかりを見ていた弊害が、ここにきて表れました。そしてこうやって私は衰えていくのだなあ、と痛感しています。老けたくないな。


こんななので、これから1週間に1冊は本を読む、くらいの気持ちでいないと数年後、本当に脳がスカスカになっているのでは、と危惧しています。実際、私の親や高校大学の先生が、年取ると老眼が進んで、厚い本が読めなくなる」「仕事するようになると、なかなか本が読めない」と言っていたので、やはり読むなら今のうちなのでしょう。
(余談ながら。評論家の宮崎哲弥氏は以前、月間200冊の本を読んでいたらしいですが、彼のような真似は到底無理です。できたらすごい。彼は一度読んだ文章を後から読み返すことはせず、どんどん先に読み進めるという方法を取っているため、それが可能なようです。私の読み方とは全く真逆ですし、その方法を私が実践して読書をしたとして、多分私の頭では内容を咀嚼できないでしょう)


今年が終わるまでまだ半年あります。昨年の自粛中に読んで面白かった、蒼穹の昴シリーズを読破するか、就職準備としてビジネス書でも探すか、それとも所謂文学作品を一通り読むか。1週間に1冊のペースでは読み終わりそうもないですが、まずは文学作品から読むことにします。特別好きな文豪はいないので、おすすめありましたらお願いします。新潮文庫の目録から、今は太宰治斜陽三島由紀夫青の時代が気になっているので、6月20日くらいまでには2冊とも読めたらな、と思います。


今回も最後までありがとうございました。